緩和ケアチャプレン著書「たましいの安らぎ」書評 藤井理恵

仕事に役立つ本

身近な人や目の前の患者さんが死の淵にたたされたとき、あなたはどのようにして手を差し伸べますか?

苦痛を取り除くべく、あなたには何ができると思いますか?

今回ご紹介するたましいの安らぎには、緩和ケア病棟での終末期の患者さんとの実際のかかわり、ケアがリアルに記されています。

今後死に触れる機会のあるあなたに、ぜひ一読してほしい一冊になっています。

あらすじ・概要

淀川キリスト教病院チャプレン(聖職者)の藤井氏が、患者さんとの実際のかかわりを通して、スピリチュアルケアとはどういうものか、チャプレンの役割について述べていきます。

死を目の前にした患者さんたちの肉体的・精神的・社会的、そしてスピリチュアルな苦痛。その中で、もがきながら、藤井氏や病院のスタッフに支えられ、死を受容していきます。

藤井氏本人も、「なるべく患者さんの思いや言葉をできるだけ引用しています」とあり、生の患者さんの声が多く記されています。

チャプレンとだけあって、ケアの中心にはいつもキリスト教や聖書が出てきます。日本人の持つ宗教観からすると、少しとっつきにくい印象を持たれる方もいるかもしれません。

しかし、それをしのぐ藤井氏の確固たる「かかわる覚悟」。

最終章では、「死を前にした人とかかわる牧会者(チャプレン)のために」という項がありますが、チャプレンじゃなくても参考になる内容が記載されています。

著者 藤井理恵氏について

藤井さんは神戸市須磨区出身で、関西学院大大学院神学研究科を修了。1991年から淀川キリスト教病院(大阪市東淀川区)でチャプレンを務めている。

350人を超える患者を見送ってきた。

いつか迎える死について考えたい人、今まさに大切な人をケアしている人、チャプレンを志す人たちを思い執筆した。

https://www.kobe-np.co.jp/news/kobe/202101/0014001287.shtml

レビュー

本作で最も注目すべきハイライトは、

  • 患者さんの感情の揺れ動きと死の受容過程
  • 藤井氏の傾聴力の高さ
  • 洞察力の高さ

この3点だと感じました。

作中には12人の終末期の患者さんが登場します。

元極道、社長、小中学生のお母さん・・・。みな性格も社会的背景も全く違います。しかし、みな同様に死を目前に控え、魂の痛み(スピリチュアルペイン)を抱えています

スピリチュアルペインとは、死を目の前にした終末期の患者が感じる、自己の存在と意味の消滅(生の無意味、無価値、空虚など)から生じる苦痛のこと。具体的には「私の人生は何だったのか」「これからどうなるんだろう」などといった果てしない問いを抱え苦しむことです。

ある患者さんは、その状況を「まるで死刑囚のよう」と表現します。

そんな苦痛のなかで、患者さんはそれぞれ怒り、悲しみ、あきらめ、様々な感情を藤井氏にぶつけます。それでも藤井氏は、患者さんのベッドサイドに行きます。そして傾聴します。

傾聴とは、「耳」「目」「心」を傾けて真摯な姿勢で相手の話を聴くコミュニケーションの技法です。

沈黙が続く中でも、藤井氏は傾聴の姿勢を崩しません。その沈黙から発せられるメッセージをつかみ取るように、耳・目・心を傾け続けます。沈黙を大切にし、ただそばにいるのです

死期を前に苦しむ人と沈黙をともにする恐ろしさ、ただそばにいる恐怖。「何もできない自分はなんて無力なんだ」今までに何度もそう感じたことを想起します。

でも、患者さんはただそばにいることを望んでいます。そばにいる覚悟を決めなさいと背中を押されるようです。

私と同様に、背中を押された看護師も登場します。

その看護師は、ある患者さんとのかかわりに悩みます。しかし、藤井氏のアドバイスを受け、担当患者さんに「何もできない私ですが、最期まで担当看護師としてそばにいさせてほしい」と率直に伝えます。最後まで良い関係を築きました。

直に思いを伝えることも勇気のいることです。しかし、大切なことだと再確認します。

冒頭でもお伝えしたように、本作の中心には神様が登場します。

正直、私には信仰心はありません。今日も世界のどこかで小さな子供が捨てられ、誘拐され、虐待され、売られ、病気になり、死んでいます。

なんの罪もない子供がそんな目に遭っている。それが神の思し召しだなんて、そんな残酷な話は信じたくない。

しかし、それで救われている患者さんがいる。心穏やかに毎日を過ごしている人がいる。私はその事実を素晴らしいと思うのです。

最後に、作中に登場する詩をご紹介します。

「人生の道」アルゼンチン ファン・メンディサバル氏

一本の花を摘み取ると、その花を失い始める。

なぜならあなたの手の中でしおれてしまうから。

そして次の春に花を咲かせることはない。

小鳥をつかまえるとそれを失い始める。

再び森の中であなたのために、歌うことはないし、

雛を産むこともないだろう。

お金を貯めると、それを失い始める。

お金そのものには価値がない。

お金を使ってできることに価値があるからだ。

自由を失わないために危険を避けるとき

自由を失い始める。

心を決めて選ぶとき、

その自由は確かなものとなる。

子どもがはなれていくことをゆるさない時、

子どもを失い始める。

成長して自由になって戻る姿を

決してみないから。

人生の道における体験から

逆説的なメッセージを学びなさい。

それは、常に手放すこと

手放さないならそれを失う、

ということです。

「霊性センターせせらぎ」2012年掲載のHPより

作中では、失うことを神様に返す、つまり手放すことと表現しています。

最期の瞬間、それは命を神様に返すこと。

しかし、手放すことで必ず得られるものがあります。

おわりに

もう少し早くこの本を読んでいれば。読了したときにそう思いました。

終末期の患者さんのケアは確かに難しい。

しかし、行うことはシンプルです。

死を目前にした人と向き合う時、それは、自分自身の弱さと向き合う時です。

亡くなる方は、いつも私たちに重要なメッセージを遺してくれています。

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